
「先生、鍼が落ちてますよ!」実はこれ、鍼管です
施術をしていると、ときどき患者様から、
「先生、鍼が落ちてますよ!」
と教えていただくことがあります。
見ると、施術ベッドの上や床に細いものが落ちています。
「あっ、すみません。ご心配をおかけしました」
となるのですが、実はこれ、鍼そのものではありません。
鍼を刺すときに使う、「鍼管(しんかん)」という細い管です。
施術時に使用している使い捨てシーツの上に落ちた状態です。
写真では少し見えにくいのですが、患者様から見ると、この細い鍼管が「鍼が落ちている!」ように見えるようです。
当院では施術ベッドに使い捨てのシーツを使用しています。肌に触れる面は不織布で、反対側はラミネート加工されており、水分を通しにくいものです。
鍼管がシーツの上や床に落ちた場合は、施術中に慌てて拾わず、施術が終わってから回収して廃棄しています。
今回は、もともとこの「鍼管って何?」というお話だけを書いてみようと思っていました。
ところが、鍼管について改めて調べ始めると、「管鍼法といえば杉山和一だったな」。ここまでは覚えていたのですが、
「杉山和一って、江戸時代のいつ頃だったっけ?」
「そもそも鍼灸って、いつ日本に伝わったんだっけ?」
「その頃、西洋医学はもう日本に入っていたの?」
と、次々に気になることが出てきました。
鍼灸学校の学生時代に習ったはずなのですが、歴史については、私自身すっかり忘れていることもたくさんありました(笑)。
そこで今回は、当初予定していた「鍼管って何?」というお話から少し寄り道して、私自身の復習も兼ねて、日本に鍼灸が伝わった頃から杉山和一、そして現在私たちが使っている鍼管まで、改めて調べてみることにしました。
そもそも「鍼管」って何?
鍼管とは、その名前のとおり、鍼を入れて使用する細い管です。
現在、患者様が鍼灸院でよく目にされるものの一つが、鍼と一緒に入っている透明なプラスチック製の鍼管だと思います。
鍼管の中に鍼を入れて管を皮膚に当て、鍼管から少し出ている鍼の頭の部分を、指で軽くトントンと叩くようにして鍼を刺入します。
この方法を、「管鍼法(かんしんほう)」といいます。
写真では透明な鍼管が少し分かりにくいため、管鍼法の仕組みについては挿し絵でもご紹介しようと思います。
なぜ鍼をわざわざ「管」に入れるの?
「鍼だけで刺せばいいのに、なぜわざわざ管を使うの?」
と思われるかもしれません。
鍼管は、単に鍼を入れておくためのケースではありません。
鍼管を使うことで、細く、しなりやすい鍼を安定させやすくなり、皮膚へ素早く刺入しやすくなります。
また、鍼管の長さや太さなどと刺入時の痛みとの関係を調べた研究もあります。
そのため管鍼法は、細い鍼を扱いやすくするとともに、刺入時の痛みをできるだけ少なくするための工夫にもつながっている方法と考えると分かりやすいと思います。
現在の日本の鍼灸ではごく普通に見かける鍼管ですが、この管を使う管鍼法は、日本で発達した特徴的な刺鍼方法です。
では、この方法はいつ頃から使われるようになったのでしょうか。
ここで登場するのが、杉山和一(すぎやま・わいち)です。
その前に、そもそも鍼灸はいつ日本に伝わったの?
杉山和一について調べようと思ったのですが、ここで私自身、
「そもそも鍼灸って、いつ日本に伝わったんだっけ?」
となりました(笑)。
厚生労働省の資料では、鍼灸は古代の奈良・飛鳥時代に、中国や朝鮮半島から、医師や留学生、僧侶、書物などを通じて日本へ伝わったとされています。
さらに701年の大宝律令の「医疾令」には、すでに「鍼師」「鍼博士」が記されています。
つまり、杉山和一が登場するよりも、ずっと昔から日本には鍼灸があったことになります。
ただ、私は歴史の年代を覚えるのがあまり得意ではありません。
「701年」と言われても、
「それって、日本では誰がいた頃?」
となってしまいます(笑)。
そこで、私自身の復習も兼ねて、その頃の日本の出来事や、その後に広がっていく西洋医学なども一緒に、簡単な年表にしてみました。
鍼灸・日本史・西洋医学を簡単な年表で見てみます
| 年代・時代 | 鍼灸・医学の動き | 日本史の目印 |
|---|---|---|
| 6~7世紀頃 | 中国・朝鮮半島から、鍼灸や薬物療法などを含む医学が日本へ伝わっていく | 聖徳太子の時代頃 |
| 701年 | 大宝律令の「医疾令」に「鍼師」「鍼博士」などが記される | 飛鳥時代 |
| 奈良~平安時代 | 中国から伝わった医学を日本で取り入れながら発展 | 奈良の大仏、平安京などの時代 |
| 鎌倉~室町時代 | 鍼灸や薬物療法などが日本の中で受け継がれていく | 源頼朝、足利氏などの時代 |
| 1603年 | ― | 徳川家康が江戸幕府を開く |
| 1610年 | 杉山和一が生まれる | 江戸時代が始まったばかり |
| 17世紀 | 杉山和一が活躍し、管鍼法を創始する | 江戸時代前期 |
| 江戸時代 | オランダ語などを通して西洋医学を含む西洋の学問や技術も日本へ入ってくる | 長崎などを窓口に海外の知識が伝わる |
| 1774年 | 前野良沢・杉田玄白・中川淳庵らが翻訳に携わった『解体新書』が刊行される | 江戸時代 |
| 明治時代以降 | 西洋医学を中心とした近代的な医療制度へ | 明治維新以降 |
| 現在 | 日本では管鍼法が広く使われ、使い捨ての鍼・鍼管も普及 | 現在の鍼灸治療へ |
こうして並べてみると、少し時代が分かりやすくなります。
杉山和一が生まれたのは1610年。徳川家康が江戸幕府を開いた1603年から、わずか7年後です。
つまり杉山和一は、江戸時代が始まったばかりの頃に生まれた人物なんですね。
鍼灸だけでなく「漢方」はどうだったの?
ここでもう一つ気になったのが、
「鍼灸と一緒に、漢方も中国から入ってきたの?」
ということでした。
ここは少し言い方に注意が必要です。
現在、日本でいう「漢方医学」は、中国起源の医学をもとに、日本の中で独自に発展してきた伝統医学です。
江戸時代中期に伝わったオランダ医学を「蘭方」と呼んだのに対し、従来の日本の伝統医学を「漢方」と呼ぶようになったとされています。
▶ 一般社団法人 日本東洋医学会「国民の健康と医療を担う漢方の将来ビジョン研究会」
鍼灸も同じように、中国などから伝わったものをそのまま使い続けたのではなく、日本の中で独自の発展をしていきました。
その代表的なものの一つが、今回のお話である「管鍼法」です。
杉山和一と管鍼法
杉山和一は、1610年から1694年に生きた江戸時代前期の鍼師です。
公益財団法人 杉山検校遺徳顕彰会によると、幼い頃に伝染病によって失明し、その後、医の道へ進んだとされています。
そして杉山和一は、鍼の施術法の一つである管鍼法を創始した人物として知られています。
杉山和一と管鍼法については、江の島での有名な逸話も伝えられています。
鍼術の上達を願って江の島で修行し、その後、石につまずいた際に手にした「松葉の入った管」から、鍼を管に入れて刺す方法の着想を得たというお話です。
ただし、これは現在まで伝えられている伝承として紹介されているものです。
また杉山和一は、1682年に家塾を鍼治学問所とし、視覚障害者へ鍼や按摩を教える教育にも大きな役割を果たしました。
普段、私たち鍼灸師が何気なく使っている鍼管ですが、その背景にはこのような歴史があります。
杉山和一の時代、西洋医学はどうだったの?
ここまで調べて、また私自身に疑問が出てきました。
「杉山和一の頃って、西洋医学や解剖学はもう日本に入っていたの?」
という疑問です。
江戸時代には、西洋医学を含む西洋の学問や技術が日本へ取り入れられていき、その後、蘭学が発展していきます。
そして、西洋の解剖学を考えるうえで、とても有名なのが1774年に刊行された『解体新書』です。
国立国会図書館では、『解体新書』の翻訳刊行を蘭学興隆の大きな画期の一つとして紹介しています。
前野良沢、杉田玄白、中川淳庵らが翻訳に携わりました。
杉山和一は1694年に亡くなっています。『解体新書』が刊行された1774年は、それから約80年後です。
こうして並べてみると、杉山和一が管鍼法を広めた時代と、『解体新書』などを通して西洋の解剖学が広がっていく時代には、少し時間の隔たりがあったことが分かります。
鍼管にも、いろいろな種類があります
さて、少し歴史のお話に寄り道しましたが、現在の鍼管に戻ります。
患者様が現在よく目にされるのは、透明なプラスチック製の鍼管だと思います。
ただし、鍼管にはさまざまな形状や材質のものがあり、昔からすべてが使い捨てだったわけではありません。
私自身も以前は、使い捨てではない鍼管を使用していました。
使い慣れていたこともあり、個人的には使い捨てではない鍼管の方が扱いやすいと感じていた時期もありました。
当時は、使用後に高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)で滅菌し、繰り返し使用していました。
その後、時代の流れとともにディスポーザブル(使い捨て)の鍼や鍼管が広く使われるようになり、当院でも現在、身体に刺入する鍼については、鍼・鍼管ともに使い捨てのものを使用しています。
また、施術中に鍼などを置くために使用するシャーレについても、現在は使い捨てのものを使用しています。
当院で使用してきた鍼管と、現在使用している使い捨ての鍼・鍼管・シャーレです。
写真上部には、以前使用していたタイプの鍼管なども載せています。
床に落ちた鍼管は、拾わなくて大丈夫です
最初のお話に戻ります。
患者様から「先生、鍼が落ちてますよ!」と教えていただく、あの細いもの。
鍼そのものではなく、使用後の使い捨ての鍼管であることがあります。
床や使い捨てシーツの上に落ちている鍼管については、患者様ご自身で拾っていただく必要はありません。
施術が終わった後に、こちらで回収して廃棄します。
「鍼が落ちている!」とびっくりされるかもしれませんが、鍼管であれば、そのまま教えていただければ大丈夫です。
では、本物の鍼はどうやって確認しているの?
一方、身体に刺入する鍼そのものについては、本数を確認しながら施術を行っています。
そのため、鍼を取り出した後のケースもすぐには捨てず、施術が終わるまで残してあります。
そして、「使用した鍼の本数」と「回収した鍼の本数」を照らし合わせます。
また、うつ伏せから仰向けなど、施術中に体位を変えていただく際にも、その都度、抜いた鍼の本数を確認しています。
施術の最後には、すべての鍼が回収できていることを確認し、最後はもう一度数えて、2回確認してから施術を終了しています。
鍼は非常に細いため、タオルなどに紛れると見つけにくいことがあります。
そのため当院では、体位を変えるときにも確認し、最後には2回確認するようにしています。
鍼管の話から、ずいぶん昔までさかのぼってしまいました
今回は、「先生、鍼が落ちてますよ!」と言われることのある「鍼管」について書いてみようと思ったのが始まりでした。
ところが調べてみると、
「そもそも鍼灸はいつ日本に伝わったの?」
「杉山和一っていつの人?」
「その頃、西洋医学は?」
「解体新書はいつ?」
と、どんどん話が広がってしまいました。
学生時代に習ったはずの鍼灸の歴史も、改めて調べてみると、私自身忘れていることがたくさんありました。
古代に日本へ伝わった鍼灸は、日本の中で長い時間をかけて発展してきました。
そして江戸時代には杉山和一によって管鍼法が生まれ、現在も日本の鍼灸で広く使われています。
普段何気なく使っている小さな鍼管ですが、その背景を調べてみると、ずいぶん長い歴史があることが分かりました。
また施術中に鍼管を見かけたときには、「あっ、これが鍼管か」と思い出していただけたらと思います。
🍀「ちょっと鍼灸のお話」シリーズ
今回の記事は、「ちょっと鍼灸のお話」第5弾です。
第1弾 鍼灸の日はいつ?(8月9日公開)
第2弾 鍼灸の鍼はどのくらい細い?(8月11日公開)
第3弾 病院の注射針(8月12日公開)
第4弾 鍼灸の鍼は注射針の管に入る?(8月13日公開)
第5弾【今回】 鍼管と管鍼法の歴史
なかば鍼灸院の鍼灸について
なかば鍼灸院は、一宮市木曽川町にあります。
妊活・不妊治療・不育症、円形脱毛症、耳鳴り・突発性難聴などについて鍼灸施術を行っています。
鍼について不安がある方には、実際に使用する鍼をご覧いただくこともできます。
必要に応じて、鍼について説明しながら施術しています。
今回参考にした資料
- 公益財団法人 杉山検校遺徳顕彰会「杉山和一について」
- 厚生労働省「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師及び柔道整復師等の広告に関する検討会 資料」
- 一般社団法人 日本東洋医学会「国民の健康と医療を担う漢方の将来ビジョン研究会」
- 国立国会図書館「江戸時代の日蘭交流-蘭学者の活躍」
- 国立国会図書館「解体新書」
- J-STAGE「鍼管と刺痛の関係(1)」
※杉山和一にまつわる逸話など、歴史的な内容には伝承として伝えられているものもあります。本記事では、公的機関、学術資料、関係団体等の資料を確認しながらまとめています。



